おはようございます。

貞寿です。

 

個人的に、今月は、色々ありまして。

3月10日の伝承の会も、南左衛門先生から教えていただいた話を、切れ場をつけてブラッシュアップしていかなきゃいけない。

なにしろ、先生、10日に東京にいらっしゃいますしね。

こんなやつに話なんか教えるんじゃなかった、と言われないよう(どんな言われようを想定しているやら)きっちり東京の講談としても成立するように仕上げなきゃいけません。


さらに。


3月20日(土)龍と柳という会がありまして。

 


柳亭こみちさんとやっている二人会でね、

今回はじめてネタ交換をすることになりました。

 

すなわち。

 

こみっちゃんが、講釈を。

私が、落語をやる…のですよ。

 

で、私が今回取り組むのは「転宅」です。

 

お妾さんの家に間抜けな泥棒が入って、逆にお妾さんにすっかり丸め込まれちゃう…という、まあ、みなさんご存じあの話ですよ。

 

怒られるのを承知で正直なことを言うと。

実はちょっと「やれるかな」と思ってました…すみません。

でも、いざ、取り掛かると、もう全然ダメ!

「マジか。こんなに難しいか。こんなに勝手が違うものなのか」

と、正直、頭を抱えております。

 

そもそも、講談っていうのは「読む」芸です。

すなわち、状況を説明する方に重きが置かれているんです。

「いつ、どこで、だれが、なにをしたか」

それを第三者の視点から伝えるのが講談。

セリフはもちろんあるし、演じもするけど、なにより重要なのは地読みのところなんですね。

でも、落語は「喋る」

「誰が、どうして、どうなった」

それを当事者として演じるのが落語、なんですねぇ。

いや、知っていたけど。

そんなことは、頭では知ってはいたけど。

知っているのと、やってみるのとでは大違いっ!!!

こんなに違うものだとは思わなかったっ!!!

 

テンポも、間合いも、調子も、まるで違う。

いままで培ってきた自分のフォーマットじゃ通用しない。

 

さて、どうするか。

 

導入部分と切れ場だけ講談に落とし込んで、間は落語として「転宅」に取り組むか。

それとも、全編講談に落とし込んで「転宅」をやるか。

 

くううううう。

苦悩。

 

で、結論としては、全編講談にしてやることにしました。


私がいくら落語の形でやろうとしても、当然ですが本職の噺家さんにかなうはずはありません。

だったら、普通に噺家さんの落語を聞けばいいんです。

こみっちゃんの「転宅」を聞けばいいのです。

そのほうが確実に面白い。

私がいくら頑張っても、出来損ないの、劣化版のこみっちゃんモドキが出来上がるだけです。


私がやるからには、やはり、講談にしたらこうなるよ、という形を見せなきゃいけない。


 という訳で。


一旦、この転宅という話を、筋に直し、そこから講談をつくりあげ、さらに落語の要素を乗せる、という三段構えで取り組むことになりました。


ふううう。

(遠い目)


でも、そうと覚悟をきめたら、時間はかかりますけど、少しやれろうな気がします。


さて、どうなりますか。


話が話なんで、高座にかけられる場が限られてくると思います。

先日、カフェで聞いたところによれば、残席はあと数名のようです。

20日以降、いつできるかわからないので、興味のある方は、お早めにご予約の上お運びくださいませ。


頑張るよー。


©2021 一龍齋貞寿

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